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読書日記もどき

読書日記もどき 漫画に関しても時々書いてます

はらだみずき『赤いカンナではじまる』祥伝社

赤いカンナではじまる赤いカンナではじまる
(2009/10/27)
はらだみずき

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 『赤いカンナではじまる』は本に携わる人々の恋模様を描いたオムニバス形式の短篇集だ。普通に恋愛小説として読んでも楽しめることは間違いないが、表題作である「赤いカンナではじまる」は推理小説的にもなかなか面白いものになっている。
 とある女性書店員が本棚の整理をしながら静かに涙を流すシーンから始まり、続いて彼女の人となりについて語られる。彼女の作る棚は個性的で、お客さんはもちろん出版社の営業からも評判がいい。そんな棚を作る人となれば、かなりの読書家だと思うところ。しかし、彼女の読書趣向はかなり偏ったものだった。読むのはもっぱら新人のデビュー作。それも最後まで読むことはまれだという。好きな小説・作家については語らないのに、書き出し一行についてはこだわりがあるときている。本好きなのかそうでないのか、さっぱりわからない。おまけに書店をやめてはまた別の書店で働くと言うことを繰り返しているらしい。(収入が割に合わない、同僚とのトラブルというわけではないらしい。)彼女についての情報が提示されればされるほど、謎が生じてくる。まさに日常の謎だ。彼女の行動は全て一つの目的に基づいたものになっている。日常の謎系が好きな人なら面白く読めること間違いないので、おすすめしたい。

 と、まあ久しぶりの更新で恋愛小説を取り上げたわけですが、恋愛小説としての面にはまったく言及していないという恐ろしさ。ちょっと推理小説的な要素があったら、すぐそっちに引き寄せられちゃうんですね。改めて推理小説読みの業の深さを思い知ったのでした。 
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  1. 2009/12/08(火) 23:19:49|
  2. はらだみずき
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佐原一可『不確定性の彼女』講談社Birth

不確定性の彼女 She has Null falsifiability (講談社Birth)不確定性の彼女 She has Null falsifiability (講談社Birth)
(2009/10/21)
佐原 一可

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 講談社Birth作品を読むのはレーベルスタート時以来。タイトルが気になって手にとってみたのですが…
 主人公は七年前の殺人事件の様相を覆す品をひょんなことから発見。今更事件を蒸し返すべきか悩みながらも彼は徐々に真相に近づいて行く。一応、見え透いた偽装工作を何故犯人はする必要があったのか?という謎があるものの、そのトリックは単純で驚きもない。本書のメインとなっているのは、探偵が謎を解決することの意味を問うものなのだが、その点もいささか消化不良。謎を解くことが人々を幸せにするとは限らないというのは昔からの推理小説のテーマの一つだが、本書はその歴史に新たな一ページを加える域には達していない。主人公の若さゆえの苦悩も十分に描かれているとはいえず、青春ものとしても高く評価することはできない。色々と物足りないところのある作品だ。著者はアーサー・C・クラークが好きということなので、推理小説では本領が発揮できなかったのかもしれない。
  1. 2009/10/27(火) 11:10:09|
  2. 講談社Birth
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私的突発企画・ミステリーズ!掲載海外短篇を読もう!

 ミステリーズ!に掲載された海外短篇を読もうというそのまんまの企画。企画と言うか、衝動に任せて読みあさっただけですね。部室にあったミステリーズ!の中から自分の興味を引く短篇をセレクトしただけなので、網羅はできてません。思考機械ものとか、ワイルドのP・モーランものとか抜け落ちてますし、怪奇・幻想系も今回はスルーしてます。
 今回初めて読んだ作家さんも多かったのですが、どの作品も水準はクリアしていたし、これは読んで良かった!というものもちらほら。ミステリーズ!掲載後そのまま埋もれていくのはもったいない。ミステリーズ!海外短篇傑作選とか出してもいいんじゃないかな。


フレッド・カサック「故障の多い年齢」(ミステリーズ!vol.06掲載)
 『殺人交叉点』の作者によるショートショート。若い娘と結婚するために妻に離婚を迫る男。彼は勢いあまって妻を殺してしまう。男は車の事故に装おうとするのだが…
 ブラックユーモアが効いてます。人殺しの際にはご自身の健康にも十分ご注意ください、と言ったところでしょうか。
 フレッド・カサックには『殺人交叉点』の他に『日曜日は埋葬しない』なる長篇もポケミスから出ているそうで。 一度読んでみたいな。と、その前に『殺人交叉点』収録の「連鎖反応」を読むべきかな。昔図書館に借りた時に期限ぎりぎりで「連鎖反応」の方は読みそこなったのでした。


エドワード・D・ホック「戦士の別れ」(ミステリーズ!vol.10掲載)
 ノンシリーズ短編。朝鮮戦争を共に生き抜いた親友の訃報に主人公は何を思うのか?
 「正義はまっとうされた」という作中の台詞が印象に残る。正義とは何か?というテーマは解説にもあるように発表から四十年以上たった今も色あせない 。むしろ、裁判員制度の導入がなされ、人を裁くことについて否応なく身近に感じるようになった今こそ日本人にとっては余計に考えさせられるテーマかもしれない。

エドワード・D・ホック「不思議の国の戦争」(ミステリーズ!vol.23掲載)
 ホックお得意の不可能犯罪もの。戦場をアリスの物語に見立てているものの、物語にその見立てが生きているかは少々疑問が。不可能犯罪ものとしてはそれなりに楽しめるのですが、個人的にはもうひとひねり欲しかったかも。「戦士の別れ」の前に読んでいたらもうちょっと楽しめたかな。

 ホックのノンシリーズ短篇をもっと読みたい。『夜はわが友』のようなノンシリーズ短篇集を出してくれないかな。あ、でもニックの続きも読みたいし、レオポルドやベン・スノウの活躍もまとめて読みたい。その他にも読んでみたいシリーズものがたくさん。もうこうなったらホック全集を出してもらうしかない! 

キャロル・オコンネル「アーケインのヒーロー」(ミステリーズ!vol.14掲載)
 フットボールの才でもって田舎街の、それどころかアメリカ中のヒーローとなった青年と彼を狙う不気味な少年の物語。
 面白いけどすごく感想が書きにくい短篇。とにかく一度読んでみて下さいとしか言いようがない。オコンネルの長篇は未読なので、今度『クリスマスに少女は還る』でも読もうかな。その際は、この短篇を念頭に置いて十分身構えて置こう。

エリザベス・フェラーズ「アーバスノット夫人はキャンセルした」(ミステリーズ! Vol.15掲載)
 歯医者の予約表を元にした一連の推理も面白いが、個人的には以下のくだりがやけに印象に残ったり。
  〈「おれは馬鹿だ!」「いいから寝なさい」細君は言った。驚いたことに、警部はそのとおりにした。〉
 全体的にはトビー&ダイクものよりシリアスながら、このくだりにフェラーズのユーモアは後期でも健在だと感じました。
 フェラーズの著作はまだまだあるし、長篇でも短編集でもいいから翻訳して欲しいですね。

ポール・ドハティー「騎士の告白」(ミステリーズ!vol.18掲載)
歴史推理の大家の短篇。十字軍の騎士が司教にとある告白をする。その告白は懺悔ではなく、とある者への告発であった…
 騎士の告白に出てくる謎自体はわかりやすいものの、その後の展開が実に痛快。著者の迫力ある筆致もあいまって短篇ながら作品世界にぐっと引き込まれた。
 ドハティーの長篇は最近創元・早川で相次いで出版されているので、これを機に読むべきかな?

V・L・ホワイトチャーチ「いかにして主教は約束を守ったか」(ミステリーズ!vol.20掲載)
 ソープ・へイズルものの一篇。推理小説というよりユーモア小説に属する作品。へイズルと主教の会話がとにかく愉快。そこにトロッコでのドタバタ劇まで加わってもうたまらないですね。鉄道ものの短篇集に収録されているだけあって、当時の英国の鉄道豆知識ももちろんあり。
 『ソープ・ヘイズルの事件簿』は論創海外ミステリの刊行予定にありますね。刊行を信じて待ってよいですか?

フレドリック・ブラウン「保険金お死払い」「トンデモない爆撃機」(ミステリーズ!vol.22、27掲載)
 保険外交員兼調査員のスミス氏が活躍する二篇。殺人事件が起きたというのに、警部や遺族(容疑者でもある)相手に保険の売り込みをするスミス氏に脱帽。とにかく隙あらば保険の売り込みに話を持っていく。
 スミス氏の言動が愉快なだけでなく、推理短篇としてもなかなか面白い。特に前者の中途半端な束縛のまま発見された死体の謎は面白かった。後者の詩の真相等ブラックユーモアも効いている。やはりブラウンの短篇集は一度ちゃんと読まないといけないなぁ。

アン・クリーヴス「運転代行人」(ミステリーズ!vol.24 掲載)
 シェトランド四重奏シリーズの作者のノンシリーズ短篇。運転代行人という日本では馴染みのない職業の男と訳ありヒッチハイカーの中年女の駆け引きが見もの。
 男の視点で進行していき、現在の物語と、彼と恋人との思い出がクロスしていく。構成の妙は『大鴉の啼く冬』の著者だけのことはあるなぁと思わせられた。短篇は10ほどあるらしいので、そのうち短篇集を出してくれないかしら。

レスリー・チャータリス「聖者、山賊に会う」(ミステリーズ! vol.26 掲載)
 聖者サイモン・テンプラーもの。伝説の山賊、失踪した夫を探す美女、彼女に救いの手を差し伸べる聖者サイモン。いかにもな筋立てながら読ませるあたりは流石と言うべきか。
 聖者サイモン・テンプラーは怪盗らしいのだが、今作からは義賊的な側面は読みとれても、怪盗というイメージはわかなかった。できれば怪盗らしい活躍をする話も読んでみたい。


番外
V・L・ホワイトチャーチ「ドイツ外交文書箱事件」(『シャーロック・ホームズのライヴァルたち1』ハヤカワミステリ文庫)
 「いかにして主教は約束を守ったか」が面白かったので、積んでいた『シャーロック・ホームズのライヴァルたち1』を掘り出してみたり。
 へイズルが外交問題の解決に一肌脱ぐお話。「いかにして主教は約束を守ったか」とは打って変わっていかにもなホームズ型名探偵譚となっている。個人的には推理小説ではなくなっているもののユーモアに満ちた「いかにして~」の方が好みかな。
「ドイツ外交文書箱事件」のトリックは発表当時はともかく今から見ると特に来るところはないし、へイズルというキャラクターならではの面白みというものもこの話ではあまり発揮されていない気がする。「いかにして主教は約束を守ったか」の方がへイズルものの中では異端な可能性もありますが。


テーマ:ミステリ - ジャンル:小説・文学

  1. 2009/09/25(金) 19:46:19|
  2. ホック(エドワード・D)
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鯨統一郎『まんだら探偵空海 いろは歌に暗号』『空海 七つの奇蹟』

 『まんだら探偵空海 いろは歌に暗号』はあの空海が薬子の変の謎に挑むパートと空海の残したかたむら歌の謎に後世の人間が挑むパートの二重構造の長篇だ。一方の『空海 七つの奇蹟』は短篇集。空海が遣唐使に選ばれる以前、四国での修行時代の話。空海は各地で起きている騒動を奇蹟でもって見事に収めていく。
 『まんだら探偵空海 いろは歌に暗号』『空海 七つの奇蹟』共に空海以外にも橘逸勢、藤原薬子といった実在の人物が登場するが、彼らに関する知識がなくても問題なく楽しめるようになっている。また、発表されたのは『まんだら探偵空海 いろは歌に暗号』の方が先だが、時系列的には『空海 七つの奇蹟』の方が速いため、どちらから読んでも問題ない。鯨統一郎お得意の歴史の新解釈が好みの方は長篇を、とんちのきいた空海の奇蹟を堪能したい方は短篇集を先に読むといいかもしれない。

 余談だが『まんだら探偵空海 いろは歌に暗号』収録の日下三蔵氏による解説では歴史ミステリの分類が簡潔に行われている。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌

  1. 2009/09/20(日) 10:23:55|
  2. 鯨統一郎
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『東京マグニチュード8.0』とノイタミナに関する雑感

 フジテレビで放送中のアニメ『東京マグニチュード8.0』。綿密な調査に基づき、大地震をシュミレートするという触れ込みで始まった当作品は、最終話一歩手前の10話で開始当初の予想に反して怪談めいた展開になっております。これには非常に驚いたのですが、よく考えてみると非常にノイタミナらしいな、とも思ったり。

 ノイタミナはアニメの月9を目指すと言っていただけに、内容も女性向けor男性・女性双方にアピールできるものになっていることが多い。これは『東京マグニチュード8.0』も同じ。大地震がテーマというと、漫画・アニメではすぐに弱肉強食のサバイバル路線になりがちだけれど、この作品ではそういう過激な描写はなし。その代りに、大地震下での家族の絆というものをじっくり描いている。これはやはりノイタミナならではですね。
 綿密な調査に基づき~と謳ってはいるものの、必要以上に防災を喚起する作品にはなっていない点もポイントかも。やろうと思えば、もっと大地震の時はこういう点に注意しよう!という教育的な要素を詰め込むことはできるはずなんですけどね。あくまで描きたいのは家族の絆。それを描く為に大地震というロケーションを選んだという印象。

 8話からの怪談話っぽい展開は、『怪』『モノノ怪』『墓場鬼太郎』といったノイタミナ枠の路線の継承ともとれるかなと思っています。もっとも、スタッフさんとしてはあくまで大震災とそれが人々の心に与える影響を描きたかっただけで、それを効果的に見せる為の選択肢がたまたまノイタミナの路線の1つと重なったのかもしれませんね。
 
 大地震下のサバイバルものと思わせて家族の絆を描くドラマを展開→視聴者が壮絶な死などを描く作品ではないと油断したところで、ユウキの死と怪談調の話に。視聴者の第一印象や予想を裏切る構成には戸惑う人もいると思うのですが、(実際、怪談っぽくなった時は僕も驚きました)ノイタミナの掲げてるもう一つのテーマに上手くあっているんですよね。そのテーマが「難解さとわかりやすさの共存」。より幅広い層にアピールしつつも、角の丸い平坦な作品にはならないようにしようというその心意気は素晴らしいと思います。

 『東京マグニチュード8.0』は後1話。次の作品は再び原作ものの『空中ブランコ』ですが、『モノノ怪』のスタッフが手掛けるということで一筋縄ではいかない予感。これからもノイタミナには注目ですね。


・ノイタミナ云々とは関係ないプチ感想
 少し前に登場したロボット大好き少年はユウキの失った未来の姿とも取れる。彼は最終話で登場するのかな。あと、10話では未来が泣くシーンがやたら艶っぽく描かれていたのは何故だろう。ある意味怖さが増していたけれど。

テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/09/15(火) 20:12:21|
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『キョロちゃん』47・48話、50~52話感想

 twitterでの『キョロちゃん』実況・感想Postを一部改変した上で転載。釘宮ボイスのメンタマルちゃんは相変わらず強烈でした。

47話「燃えよ! パチクリ」
 パチクリ君が通販番組を観て中国拳法に目覚めるお話。パチクリ君も引っ掛かった通販番組は次々と新しいおもちゃで子供たちを誘惑するあたりがコロコロコミックを連想させられたり。さすがに穿ちすぎかな。

48話「好き好き・マユちゃん」
 クリンちゃんが将来の結婚相手について考える話と、パリクリ君をはじめとする男の子達が引っ越してきたかわいい女の子マユちゃんとお近づきになろうと奮戦する話が同時進行する回。
 クリンちゃんがパチクリ君達との結婚生活をシュミレーションするところは、『クレヨンしんちゃん』のねねちゃんを思い出した。女の子は男の子の知らないところでこうやって査定を行っているんですね。くわばら、くわばら。
 姑問題やお給料といったやたら現実的なことまで考慮してお婿さん選びをしているクリンちゃんの一方で、男の子たちは美少女に一目ぼれして醜い争いをくり広げているという。この対比も面白いですね。やっぱり、男性の方が子供っぽいということかな。この場合、実際にまだ子供なんだけど。
 マユちゃんに近づこうとやっきなパリクリ君達よりも、よこしまな気持ちのないキョロちゃんの方が親しくなれているというのは皮肉。でも、現実もこんなものだよね。がっつきすぎるとかえってあだになっちゃう。
 ちなみにマユちゃんは田中理恵さん、マユちゃんのお父さんは大川透さんでした。全然気づかなかった…

50話「みんなメグロさん」
 メグロさんの自然はライフスタイルが注目され、一躍ブームとなる回。twitterで完璧というワードしばりの実況を試みたのであえてそのまま載せておこうと思う。「完璧」縛りの実況はかなり無理がありました。多分もう二度とやらないです。

・『キョロちゃん』を観る完璧なお仕事。
・食事をしながら体を鍛えるダンベルスプーンとか完璧に駄目だよね。
・「昼間からこんなにごろごろしていていいのか!」完璧な正論すぎて耳が痛いね。
・悪徳商法ばかりやっているジロリさんが綺麗なジロリさんになるなんて…メグロさんのライフスタイルは完璧だね。
・でも、メグロさんみたいにごろごろお昼寝したり、海で貝とって遊んだりして仕事はせずにのんびり暮らしていたら、今の日本だと完璧にアレな人扱いされるよね…
・メグロさんライフスタイル蔓延の結果、誰も会社に行かなくなるなんて…メグロさんは新型インフルエンザ以上の完璧な脅威だね!
・自然派ライフスタイルのメグラーの次は金もうけ主義のジロラーなんて、人の踊らされやすさを完璧に利用して面白おかしく描いているね。
・風船みたいに膨らまして中はスカスカのパンとか完璧にあくどい商売だよね。
・金もうけ主義の人がヒーローのように扱われることなんて実際にあるのかな?と思ったけれど、堀江さんのブーム?は似たものがあったかもね。『キョロちゃん』は完璧に時代先取りしていたんだね。
・人類総キョロちゃん化計画とは完璧だね。ネルフも真っ青。
・「おもちゃはおもちゃらしくじっとしてくれないと面倒なことになりそう」 『トイストーリー』に対する完璧な挑戦だね。


51話「ハゲ田チビ丸くん」
 おもちゃが自由に動き回れる夜のお話。キョロちゃんとおもちゃのチビ丸くんの交流が描かれる。
 ところどころで『トイストーリー』を意識しているように感じました。チビ丸君が宇宙警察の署長なのだ!といって空を飛ぼうとするところとか。もっとも、彼はおもちゃとしての自覚があることが直後に描かれるので、バズとは違うんだけれど。
 
 最新機能搭載のおもちゃ・宇宙キングが19+1の計算ができることを誇らしげに語る場面はほほえましかった。おもちゃの機能ってえてしてそんなものだよね。微妙な機能もテレビアニメや漫画で演出することでかっこよく見えてくる。今の時代は大人からみても高性能なおもちゃもあるんだろうけれど。
 宇宙キングがふんぞり返っている割に「高性能だから電池の消費も早いんだぁ…」といってあっさり倒れちゃうシーンもおかしかった。ラストはおもちゃの幸せは大事にしてもらうこと~と子供たちへのメッセージもあり。こういう意志のあるおもちゃの話は鉄板だね。

 ちなみみ、予告担当・さねよしいさ子さんが『幸福のカノン』の歌い手さんだとこの回でようやく知りました。

52話「ドッキリ! お客さま」
 メンタマルちゃん再登場回というだけでなく、雪だるまのカンタくんも出てくる回だった。前半は再登場キャラ二人の間を必死に取り持とうとするキョロちゃんが、バラエティ番組の司会者みたいで面白かったり。
 キョロちゃんって自由奔放で周りを振り回すキャラに見えて、実際は他のキャラに振り回されたり、仲裁役に徹していることも結構あるんだよね。アニメが始まった頃はもっと異質性が強かったようで、このあたりの変容は興味深いです。1年以上続く1話完結アニメで主人公の異質さを維持するのは難しいということでしょうか。アニメ自体の人気が出てきて、主人公のキャラを抑え気味にする必要があったという可能性もあるかな。
 カンタくんが自分の頭の一部をちぎってココアを冷やすシーンも良かったです。メンタマルちゃんの「自分の頭をちぎって痛くないの?」というツッコミがアンパンマンに対するものでもあるし、同時に後半のカンタくんの身体を使ってメンタマルちゃんの熱を冷やすという流れにもつながっている。
 今回はキョロちゃんとカンタくんがメンタマルちゃんの宇宙船に招待されたため、メンタマルちゃん=宇宙人というのはほぼ確定した感じ。前回の宇宙人ともキョロちゃんの見た夢・妖精とも取れる終わり方が良かっただけに少し残念な気も。
 ただし、メンタマルちゃんを見ることができる第二のキャラが雪だるまのカンタくん=人外というのもポイントか。カンタくん、メンタマルちゃん、チビ丸くん等、人外キャラの話はキョロちゃんの友達が絡まないケースも多いし。全て彼の夢と言う可能性も捨てきれない。素直に宇宙人や喋る雪だるま・おもちゃのいる世界と受け取る方がいいんだろうけれどね。どちらにしろ面白いからよしとしよう。
 UFO内公園はが華やいでいたのにも違和感を抱いたり。キョロちゃん達が綺麗と感じるもの=メンタマルちゃんが醜く感じるものという図式からすれば、公園はもっと荒んでいてもいいはず…メンタマルちゃんのパパが各自に違うイメージを見せたりしたのかなと勘ぐってしまいます。

 カンタくん初登場回を見落としていたのは残念だった。せっかくの矢島さんキャラなのに…

テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/09/14(月) 20:49:38|
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『血の収穫』と『用心棒』について

 ダシール・ハメット『血の収穫』を一週間前に読んだ。この作品はハメットの代表作であるだけでなく、黒澤監督の『用心棒』の原案でもある。なるほど、確かに主人公がとある町を牛耳る悪人共の間を行き来し、巧みな誘導でもって共食いさせ、最終的には全体を壊滅に追い込む過程は同じだった。もっとも、主人公に関しては決定的な違いがあるように思える。
 己を語らない(自分の本名すら名乗らない等)という点では桑畑三十郎はコンティネンタル・オプと同じだ。しかし、その行動には微妙な違いがある。関わる全ての者を破滅に導くオプに対し、三十郎は不幸な一家を助けるという明確な善の行為を働いているのだ。オプは英雄になれなかったが、三十郎はその座を見事に獲得したのである。
 オプはもちろん、『マルタの鷹』のスペードも英雄になれたとは言いがたい。ハメットの主人公達は英雄になりそこなった男たちなのだ。これはホームズを始めとする過去の名探偵のアンチテーゼとして描かれた事も大きいだろう。ホームズ達はアウトローな性質を孕みつつも、その超人的な能力でもって事件を解決し、大衆の賞賛を獲得してきた。一方、オプやスペードは現代社会とより密接なかかわりを持っており、それ故に様々な問題を抱えていた。その結果、ヒーロー然たる行動をとることはできなかったのだろう。
 英雄になりそこなった男達を描くハメットの作品を原案としながらも、黒澤監督が三十郎により明確な英雄性を持たせた事は大変興味深い。その点に注目した上で、『用心棒』『椿三十郎』を今度見てみたいと思う。

※『用心棒』は数ヶ月前に一度観たのみ、ハメット作品も最近読み始めたくらいなので、解釈に難があるかと思いますが、生暖かい目で見ていただけると幸いです。

テーマ:ミステリ - ジャンル:小説・文学

  1. 2009/08/21(金) 17:16:32|
  2. ハメット(ダシール)
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『河童のクゥと夏休み』と『仮面ライダーディケイド』に関する雑感

 今週の日曜日に『河童のクゥと夏休み』と『仮面ライダーディケイド』を観て感じたことをメモしておく。両作品における、自分の居場所の作り方の違いについて話していたはずが、ジャンルによる縛り云々にすり替わっているのはご愛敬。少し日が空いた上に、『河童のクゥと夏休み』は一部流しみしていたので、大きな勘違いをしているかもしれません。

 『仮面ライダーディケイド』において、アマゾンは大ショッカーによるライダー=悪の図式を立てられ、居場所を見つけられずにいた。それでも人を信じようとした彼だったが、マサヒコにまで裏切られ、人間不信に陥ってしまう。この世界に自分の居場所はないと諦めて、そのまま士達と違う世界に行きそうになったアマゾン。そこで彼は夏海に「諦めてはだめだ、逃げてはいけない」と諭されることになる。その後、マサヒコがアマゾンの信頼に応えてくれ、彼らは友人関係を築くことに成功する。周囲の環境に不満を抱き、逃げるのではなく、自らの道を貫き、行動することでアマゾンは周りに影響を与え、自分の居場所を作り出すことができたわけだ。
 一方、『河童のクゥと夏休み』において、長き眠りから蘇ったクゥは康一という友人こそできたものの、現代の都市の生活に馴染むことができたとは言い難く、新たな環境を求めて沖縄へと旅立つことになる。クゥはアマゾンと違い、逆境を乗り越えて自分の居場所を作り出すことはできなかったのあ。(康一達に迷惑をかけるわけにはいかないという事情があった点は考慮するべきだが…)
 いじめられっこの紗代子にしても事態は同様。康一という友人こそ得たものの、それは康一がいじめられるようになってから、つまりいじめられっこ同士の傷のなめ合いとなりかねないところがあった。自分の居場所を作り出せない者同士の慣れ合いにすぎなかったとも言える。おまけに、紗代子は結局環境をかえる(いじめられっこから脱却する)ことはできず、転校していくことになる。彼女もまた、クゥと同様に適合できない地で自分の居場所を作ることを諦め、新天地を求めていったのだ。(彼女の場合も、転校は親の事情、つまり彼女自身が逃げたくないと思っても、この地にとどまることはできなかったということは考慮する必要がある。)
 『仮面ライダーディケイド』において否定された居場所を求めて新天地に~という行動が『河童のクゥと夏休み』においては肯定されている。この差異は大変面白い。このような違いが産まれたのは、『仮面ライダーディケイド』が子供向けであるのに対し、『河童のクゥと夏休み』はジャンル意識を排して製作されたことに原因があるのかもしれない。前者は子供向けと言う体裁上、今の場所ではやっていけないから他の地へ行くという現実的ではあるが逃げのようでもある行動を肯定的に描くことはできなかった。後者はジャンルの束縛を逃れているため、そのような現実的手段もなんら問題なく描くことができたのかもしれない。ある種の諦念すら感じられる後者の人々の行動を観た子供たちはいったいどのようにかんじたのか、非常に興味深いところだ。

テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/08/19(水) 11:11:09|
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